ヘルシンキでは、「すれ違う」以上の旅を
Guest Blogger 1月 25, 2016

「4泊6日でヘルシンキのんびり+1都市」
「5泊7日でウェディングフォトも撮りつつ、ヘルシンキ観光もたっぷり」
こんな宿題をいただいたなら、1時間もあればご希望にぴったりの旅程表を作ることができます。曲がりなりにも会社員時代から合計すると旅行業界10年目(!)の身ですから、ある意味職業病な反応でしょうかね。

とはいえ、旅のパッケージだけではお伝えしきれないヘルシンキの魅力が確実に存在すると実感できてきたのも、この10年の積み重ねなのです。1時間で完成する旅程表ではお伝えできないこの街の魅力を、このブログを通じて少しずつでも皆様にお話しできればと思います。よろしくお願いいたします。

 

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「ヘルシンキには何もない。」

このブログには禁句のようなフレーズですが、苦笑、実はよく耳にします。有名な観光地をあれこれ歩かれた方からは、特にうかがう機会の多いセリフかもしれません。確かに、世界中からの旅行者で溢れる観光名所は数えるほど・・。並んでも食べたい名物料理はある、かなあ?旅行者が爆買い(使ってみたかったのです・・)する定番のお土産ラインナップもそんなにありません。もっと言えば、気分が盛り上がるような人の賑わい自体がこの街にはあまりないのですよね。首都であるこの街の人口は63万人を少し超える程度なのです。通りに人がまばらなのも納得。この状況を「何もない」と感じるのは仕方ない気もしますが、同時に「なんてもったいない!」と心の底から思うのです。

この人達の目に見えていないもの、それは人です。
ヘルシンキの魅力の一つは、現地で暮らす人々との出会いなのですよ。写真撮影やお買い物では持ち帰れない旅の醍醐味です。人が少ないからこそ、街で出会う人々と「すれ違う」以上の時間を共有できるチャンスが多いのです。先日私が体感した実例をご紹介しましょう。

 

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私がたまにお手伝いに出かける街の食器屋さん、Astialiisa(アスティアリーサ)です。「Astia=食器」、「Liisa=リーサ(女性の名前)」を付けた店名からして、女性のオーナーはリーサと思いますよね?これがオーナーはティーナなのですよ。仰け反りますよね?これは実はティーナが心から尊敬するお母様のお名前なのですって。これもティーナ本人との会話から知った出会いの産物なのですよ、みなさん。名付けた経緯など、涙無くしては聞けないお話なのでそれはまた別の機会に・・。

 

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店内には、ヴィンテージのARABIA(アラビア)食器を中心に100年ほど前から現行品までの商品が所狭しと並びます。

 

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ご先祖様も並びます。

そしてこの日もありました、商品の入荷です。

 

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アスティアリーサでは、不要になった食器や未使用のまま倉庫で眠っていた食器などを引き取る形で入荷しているのです。持ち主の方がお店に商品を持ってきてくださることが多いので、食器にまつわる思い出話も一緒に入荷しているようなものです。

この日お店に荷物を持ってきてくださった方も、オーナーのティーナ、お手伝いの私、店内の他のお客様へ、いろいろとお話を聞かせてくださいました。

その方のお兄様は若かりしき頃、アメリカでデザインのお勉強をなさっていたそうです。当時でいう「アメリカに留学」というのは、今よりはるかに貴重な機会だったようで、留学中のお兄様は世界中から集まった優秀な方々とデザインの世界に華々しく羽ばたかれていたご様子。

「その関係を通じて知り合ったタピオヴァーラと、すごく親しくなってね。」

それまで「ふんふん・・」と聞いていた私を含め、その場の皆が「!!」となりました。タピオヴァーラとは、Ilmari Tapiovaara(イルマリ・タピオヴァーラ)に間違いありません。1950年代からフィンランドの家具デザイン界を牽引し続けた巨匠。一昨年2014年には生誕100周年記念で記念硬貨が発表されたのも記憶に新しいところです。確かに彼は1950年代初頭にイリノイ工科大学で教えたり、シカゴのデザイン事務所に勤務したりした経歴があったはずです。

一気に前のめりになった私は「それでそれで・・」とお兄様とタピオヴァーラのお話に集中!でした。笑。

懐かしそうに語るこの方の思い出話、なんと終着点はタピオヴァーラが1955年に発表した名作家具、Pirkka(ピルッカ)シリーズだったのですよ

 

photo by Artek Finland
photo by Artek Finland

 

 

「デザインした家具シリーズに名前をつけたいとタピオヴァーラが言った時、兄がその場にいたんだ。タピオヴァーラは『フィンランドらしい名前こそが、この家具にふさわしい。何かフィンランドらしい言葉は?』と話していて、『ならば、他の言語にはない人の名前はどうだ?』という話になった。そこで兄の名前ピルッカが候補に上がり、そのままピルッカシリーズが誕生したんだ。」
伺いながら、ウルウルしてしまいました。
現在でも家具メーカーArtek(アルテック)から販売されている名作の名前が、目の前にいる方のお兄様の名前だったなんて!こんな感激の瞬間があるでしょうか。『巨匠のデザイン』の背後に、一気に浮き上がるストーリーに鳥肌が立ちました。
この日からピルッカシリーズのテーブルは私にとって、もはや単なるテーブルには思えなくなりました。とても愛おしい、大切な作品であり、誰かの大切な家族の思い出の一部です。

皆様をずいぶん遠くまで連れてきてしまったかもしれません。苦笑。
でも、少しでも分かっていただけたでしょうか?ショッピングや観光では手に入らない旅の醍醐味に飛び込む隙間は、ヘルシンキの街のあちこち、日常の場面に転がっているのです。言葉は問題ではありません。英語が外国語なのは、日本でもフィンランドでも同じ。この街では、伝えたい、聞きたい気持ちをお互いに大切にし合える空気があります。

「何もない」ヘルシンキにいらっしゃるなら、ここに生きる人々と出会って話をしないと損ですよ。

寄稿:Yoshiko Utano